昨日の授業でこんな英文をやりました↓
In his youth, Albert Finstein spent a year idling aimlessy. You don't get anywhere by not "wasting" time - something, unfortunately, which the parents of teenagers tend frequently to forget.
wasting timeするのも大事だよねと言っている文なのですが、生徒には時間を「消費する」のと、「浪費する」のは違うよねという話をしました。
どういうことかと言うと、ちゃんとした定義ではなく、あくまでも個人的なイメージですが、消費というのはどこか受動的なイメージがあります。
つまり、意図せずしているような感覚です。
スマホでインスタやYouTube、TikTokなどをだらだらと見ているときの、あの感覚です。
指をスワイプさせながら、ボーッとしているつもりなんだけども、脳は情報を入れているので疲弊していき、休まった感覚がしません。
休むつもりが結局疲れてしまって、なんかモヤっとしますよね笑
一方で、浪費は、無駄だと分かってる上で能動的に時間を無駄にしているイメージです。
受験生なら勉強していて分からないところが出てきた時に、高校範囲外だと分かりつつ調べものをしている、あの時間が浪費にあたると思います。
高校範囲外で無駄だと知りつつも、能動的に調べてしまっているわけですから浪費なのです。
このように言うと、先ほどのスマホの例も自分でスマホを開いているんだから、能動的なんじゃないかと思われるかもしれません。
ただ私の感覚としては、スマホの例は、無意識に支配されて受動的に、スマホをいじってる感覚です。
「よしスマホいじろう」と思い立っているというよりは、時間ができて暇だし仕方なく?触っているんじゃないかなと。
要は心の持ちようです。
先ほどの学習の例も謎が出てきた時に受動的に調べるという行為に走っていたら時間を消費しているとも言えるかもしれません。
結局、無意識のうちに受動的に時間を消費してしまうと本当にやりたいことができなくなってしまうわけです。
けど、時間を浪費する、つまり無駄だと知りつつ能動的に時間を使う場合には受験というか人生においてはプラスになることが多いんじゃないかなと思っています。
※受験は終わりのある競争なので、浪費ばかりしてると完全に遠回りになるため、絶対的に良いとは言い切れません。
技術が発達して自己実現できる方法がたくさんある世の中だからこそ、能動的に生きられるかどうかが、大事なんじゃない?と思うわけです。
(最後の結論は大きくなりすぎたかもしれませんが、そんな感じです笑)